強烈な引き留めで慰留

2012.01.14

三十二歳のEさんが、転職を志すようになったのは、今から三年ほど前の事である。彼は、ソフトハウスの営業担当として、受託システムの提案営業を行っていた。きっかけは、購入したばかりの家のローンだった。正直なところ、あと百万円は年収に上乗せしたい。しかし、現状の勤め先の給与テーブルでは、それはかなわぬ夢だった。当時のEさんにとって、この年収アップをおいて転職する理由は他に見当たらない。仕事は面白いし、ある程度の権限も与えてもらっていた。

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目ざすは一つ。百万円の年収アップだけだったのである。ちなみに、TIT業界は慢性的なセールスエンジニア不足である。その点、Eさんのキャリアに魅力を感じる企業は多く、転職すること自体はさほど難しくない。いかに年収の高い企業を捕まえるかが、Eさんにとっての至上命題だった。そして、転職活動を始めて約三ヵ月後、Eさんはとある外資系のパソコンメーカーから内定を勝ち取った。年収は希望通りの百万円アップである。Eさんは手にした内定通知書を前に、にんまりとほくそ笑んだ。しかしここで問題が起きる。在職しているソフトハウスから強烈な引き留めにあったのだ。「君には期待してるんだよ。この一年で年収百万円アップなんて軽い軽い!是非とも会社の中核として残ってくれたまえ」ソフトハウスの社長は、いささか軽いノリの口調で、だが強烈な勢いでEさんを慰留した。「年収がすぐあがるんだったら別に転職する理由もないし……」と、Eさんも社長の意に沿うことにした。